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 夜明けを手繰る


カカナル合同本ペーパー再録

 歓楽街は眠らない。賑やかな歓声、煌々と夜を照らす明かり、行きかう人々の気配でさざめいている。
 自来也は、人の集まるところが好きな性分だった。一人静かにあばら家から月を眺め、杯を傾けるなんて風流も好んだが、それ以上に賑わう街の、夢も闇も飲み込んで雑然とした様を好いていた。
 血で血を洗い、憎しみが憎しみを呼ぶ連鎖でしかない忍の世を、どうにかしたいと思う心は嘘ではない。だが妙木山で人外の世界に浸かり、仙人を名乗るに至って、これも人の業かと斜に構えている自分も否定できない。忍界大戦の泥沼は、大蛇丸の所業は、うちはの惨劇と生き残りの辿る道は、まざまざとそれを自来也に見せつけた。だが同時に、九尾と相打ちになった馬鹿な弟子が、力は強くとも繊細な初恋の女性が、仲間たちが、人の素晴らしさを思い出させる。諦めるな、投げ出すな、信じろ、と。
 人間は愚かで矮小でどうしようもなく────それでも結局、愛しているのだろう。
 だからこそ、愛憎渦巻く不夜城を、人間世界の明るい闇を凝らせたかのような歓楽街に、ふらりと自来也は足を向ける。ただし、エロ仙人なる呼び名を否定できない程度の、下心も込みで。
 その不名誉なあだ名を付けた張本人を、馬鹿弟子たちが命を懸けて愛した忘れ形見を、しごきあげる修行の旅の最中だった。

 歓楽街に相応しいもてなしをうけ、脂下がった顔も隠さずに戻ってきた安宿で、ぺらぺらの布団に包まったナルトは涎を垂らして熟睡していた。
 この落ちこぼれに、尾獣を狙う暁の手から逃れ、迎え撃つだけの力を手に入れさせる。それが旅の目的なのだから、自然と辿る道のりは人気のない場所が多い。生き物の気配が死に絶えたような荒野や、深山幽谷に分け入ることなんてざらだ。扱う力の元が大きすぎるから、九尾の力をコントロールしようと思えばどうしても人里離れた場所を求めざるを得なかった。山で、野で、固い地面に転がり寝袋に潜り込んで、焚き火だけを頼りに二人何度寝入ったか。
 だからこそ修行が一段落つけば、必ず近くの町へと足を向けた。どこぞの伝説のカモに分けてやってくれと言いたくなるほどの豪運を持っているナルトに、賭場で路銀を調達させたことも最早片手の数では足りない。
 閉じきった木ノ葉の里で、人柱力の宿命とも言える待遇を受けていたナルトにとって、外の世界の人々は恐ろしい程に温かいようであった。
 任務で幾度か遠出をしたこともあるらしく、戸惑いは既に感じられない。だが一番奥底のやわらかな部分を守ろうと、頑ななまでに張り巡らされた壁が、少しずつ薄れていくのを自来也は感じ取っていた。
 里を出るまでに幾度か、ナルトの家に訪れたことがある。起きている時は自来也を迎え入れ、時には寝顔をそっと眺めるだけだったが、微弱な緊張を常にナルトは身に纏っていた。阿呆面で笑っていたが、何があっても傷ついてやるものかと、威嚇する獣がその裡に潜んでいた。あの里は哀しい程にナルトの敵だった。扱いの厳しさがやがて緩んでも、受けた仕打ちを、傷を、忘れることなど出来やしない。
 忍の世界が生み出す悲劇を見慣れた目にも、憐れみを覚える境遇の子供であるというのに。
 ナルトは馬鹿だ。自来也がとっくに諦めてしまった、堕ちていく友を、自ずから望む意志を、挫いて取り戻そうとしている大馬鹿だ。自分自身腹に九尾なんていうとてつもない化け物を飼っていて、それごと命を狙われているというのに、全部まとめてどうにかしてやると豪語する途轍もない馬鹿だった。
 諦めないことだけが取り柄のような、いつか自来也が夢見た馬鹿の化身だった。
 自来也にはどうにも出来なかったこと、世の不条理、憎しみの連鎖、忍の業、そんな重たすぎるものを、こいつならばなんとかしてくれるんじゃないかと期待を抱かせる。
 背負う重荷は九尾だけで十分だろうに、自分から他人の夢を、願いを背負いに行く、致命的なお人好し。まったくもって四代目なんて大層な地位を背負った馬鹿弟子は、途方もない存在を遺していったものだ。
 親子二代で振り回してくれる。だが変わらない現実に倦み、擦り切れていた自来也にとって、今は小さく頼りなくとも、何よりも眩しい灯火のようでもあった。

「……カカシ、せんせぇ……」
 ほとり、と落とされる寝言は、他愛もない呼びかけだ。その声音に、隠しようもない慕情が滲みだしてさえいなければ。
 眉根を寄せて、縋るように伸ばされた指先が布団を引っ掻くのを、自来也は見ていた。手を伸ばして、代わりになってやることはしない。求められているのはただ一人だ。
 うちはの生き残りと九尾の人柱力なんて二大爆弾を抱え込まされて、駆けずり回って、一杯一杯になっていた、馬鹿弟子の馬鹿な弟子だ。
 可愛い子ならば他にもいるだろう。名門日向の総領娘がナルトをそっと電柱の陰から覗き見ているのを目撃したことだってある。桜色の髪をしたチームメイトだとて、口では邪険にしつつもナルトのことを信頼し、認めている。だというのによりにもよって面倒くさくて後ろ向きで過去に囚われている年上の男を選ぶ趣味の悪さだ。
 だがその男が、カカシが、たった一つだけ残された宝物のように、ナルトを慈しんでいることも知っていた。いっそ執念ともいえる情を向けているのに、監視者としての役割と、上忍師としての立ち位置に縛られて、努めて平等な扱いをせざるを得ないことも。
 ────まあそれもよかろう、と一人呟く。
 愛の形も向く先も人それぞれだ。ナルトが選んだのならば、それ以外に何が必要だろうか。敢えて手を出すことも助言することもしないが、見守ることは出来る。
 馬鹿弟子の忘れ形見を愛するように、その弟子も、自来也にとっては可愛いものなのだ。カカシも中々にしんどい人生を歩んでいる。自来也にとってそうであるように、カカシにとってもきっと、ナルトは灯火だ。望むことさえ許されないと戒めているだけで、血を吐くほどに求めているのはカカシも同じだ。
 そして、茨道などという言葉ではくくれない程に、酷く険しい道を一人、切り拓いて歩いていかねばならないナルトが、ひたすらに希うというのなら。
 カカシがナルトの拠り所になれば、それで二人が幸せならば、それ以上のことなどないではないか。
「……次の連絡の時にカカシをせっついてやるかのう」
 ナルトの立場上、行く先こそ明言はしないものの里との連絡はそれなりに密だ。自来也の副業からして、他者との連絡を絶てないということもある。
 教え子を全て取り上げられてしょぼくれているカカシに、ナルトの近況を伝えたりもしている。だがカカシからナルトへの言伝の類は今まで一度もなかった。誕生日ともなればわからないが、まだ半年は先だ。
 一言、ナルトが恋しがっていると告げてやればいい。
 連絡を受け取ったカカシの顔を、返事が来た時のナルトの笑顔を思い浮かべて、自来也はそっと笑んだ。
 それはきっと、ささやかでも優しい世界だ。

(14.10.15)


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